生きるための擬態

虫に似た植物、葉っぱに似せたり枝に見える虫、動物たちの模様、魚の砂模様。
私たちも何かに見せているのかもしれません。

身を守り生きるために擬態化する。防衛本能の具現化。
その中で私たちは何を守りたくて何者かになろうとするのでしょうか?
または、本来の姿は姿を変えずにいられるでしょうか?

絶対は無い世の中で、時には人に合わせて自分を消して言いたいことも隠してしまうのでしょうか?

擬態化する脳、錯覚する感覚。
例えば、入れ歯になっているのに歯の先が染みて痛む。
神経が記憶をたどり、再生する脳があるならば脳が生き返るといいと思う。

そんな事を考えている。これもいつか作品になったらいい。

*画像は2002年自宅で制作したフラワーアレンジメント。

2002年作

『脳のシクミ』

脳の部分はケイトウという名前の植物。野ばらの実でシナプスを表している。植物の形もフラクタル構造だというのを思っていて、遊び半分で札幌にいた頃に自宅で作ったもの。

ナズナの葉っぱのハート型やドクダミの葉のハート型、ハート型の植物や心臓によいとされる薬草、色、エネルギー。いつも植物がなぜその形や色なのか?なぜ身体に効いたり毒になるのか?

そういう事を考えてきて、ロックを聴かせた植物とクラシック音楽を聴かせた植物の生育の違いや、水の形、雪の結晶などで有名な本を読んで、波動の形が現れていることが解りはじめて、二重スリット実験と音を伝えて波動で変わる砂の形、水の形をテレビで観たりして、益々見えていなかった世界が見えてきた。

そんな当時のそういうもの、10年以上前にはそういう話は眉唾扱いだったし、代替療法はウソだという扱いだったけれど、最近は当たり前になりつつある。

心と量子。

フラクタルの世の中というもの。

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植物の作品からスピリットに響くバイブレーションメディスン

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