日々見えたり消えたり

作品を商品にしてしまった方が良いのか?
つまり、コンテンツにする事だって出来るから。

その方が必要としている人に届けられるのでは?と考えたり、

そうなるとそれって対象者を選んで作ることになり問題解決の為の作品になってしまって
留まるところ、よく言われるマーケットに合わせたコンテンツになってしまう。



Botanic Anthology

そんなものだったのか?自分がやりたかったことって?
その程度だったのか?そうなのか?
とぎりぎりのところで考えてしまうのは


Botanic Anthology

単なる今やっていることからの逃避なんじゃないか?
暇つぶし?

Botanic Anthology

たまにこの事を考えてしまう
スマホは便利だけれど情報に吞まれそうになって
安易な答えをその限られた情報に合わせて見つけようとしてしまう

本意ではないのにね

Botanic Anthology

生け花やお茶って、精神の事を取り扱っていると思うのだけれど、
今はマーケットが入ってしまって本来の意図をなしていないものも多いように感じる


然し、精神って宗教にも捉えられるよね
なので昨年は宗教、医療、政治の始まりはどこだろう?と足も使って調べてみた


頭を使う事から離れたいのにリサーチや研究をするのは好きという矛盾がある

そういうこともそろそろ終わりにして
私の場合のアウトプットは作品をつくること
今そこが足りていないのだと気づく

Botanic Anthology



準備することだけで日々は過ぎていく
そこだけで十分満ち足りてしまうから

まぁ~しかしホオズキの意図を汲んで
作りかけのものをまた再開しよう

スマホも2か月放置しようかな
時間泥棒がそこにあるから



ではでは~





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この記事を書いた人

植物の作品からスピリットに響くバイブレーションメディスン

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